ホントの最後の駅・・・。
表紙のコメントにもつけましたように、2004年3月をもって三河線の猿投⇔西中金が廃線となることが決定しました。
実は写真をみれば分かるかもしれませんけども元々三河線は足助(あすけ)まで延びる予定でした、ということはこの駅は「暫定終着駅」だったんですけども50年代後半に延伸中止になり、事実上の終点となりました。
開業 | 昭和3年(1928年)1月22日 |
所在地 | 豊田市西中金町 |
利用者数 | 450人? |
駅改札から写してみました。
足助方面からバスで着てこの駅を使う、という人も結構多いため駅舎は残しているんではないだろうか、と勝手に思ってるんですけどもね。
その玄関です。
左の写真の右端の黄色のフェンスはバス連絡所です。
右の写真の入り口上の部分、何気に色がムラになってますけども、元々この部分に大きな看板があったそうです。
今は左の写真の方の入り口にありますけど、同一もんではありません。
「足助方面自動車連絡」
いろんな思いがあるんだろうな、とこの看板見て思います・・・。
ホームから三河広瀬方面を見る。
右の空き地部分は元々線路が敷かれていて展開用に車両を入れ替えたりする事が出来たらしいです。
そして日の目をみる事は出来んのか・・・足助までの線路の夢・・・。
足助までの線路(敷地)はいろんな形をして残ってるんですけどももう森林に返っている部分、整地された部分、そして歩道となってる部分とあります。
歩道になってるところは「もしこの道を線路が走ってたらどうなってたかな・・・」とかいろいろ空想してしまいますけども・・・。
この廃墟と化したコロナ(60年代もん)は確実に「生き証人」でしょうな・・。
そのコロナの前部分を当初計画として考えてた線路敷地部分です。
そばのFMの側道、ここも敷地として残してたらしいです。
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